テンカラの鬼 榊原正巳 テンカラの世界

証言2

シンプルギフト Yvon Chouinard

?? 約20年前、私はハラ・ナオキさんという日本のロッドビルダーから2.3mの3番ライン

に合わせたバンブーロッドを頂いた。そのロッドを使って大きな、綺麗な斑点の入った

スネーク・リバー(アメリカ・ワイオミング州イエローストーン国立公園)のカットス

ロートを釣り、竹色のバンブーロッドと一緒に並べて魚の写真をそのロッドビルダーに

送ったことがある。

?? それからその竿は、クローゼットに15年間しまったままだった。残念ながらほとんど

のバンブーロッドは、25年は大事にしたいと思うビジネスマンの手に渡り、箪笥の肥や

しになるのではないのだろうか。

??けれども私は「バンブー・フライ・ロッド」という本を読み、「トラウト・グラス」

という素晴らしいフイルムも観た。この種のロッド作りに込められた精神や魂を理解し

たので、低番ロッドにふさわしいワイオミングにあるスプリングクリークや高地の湖

?牧草地の小川などで自分の小さな3番ロッドを使うことにした。特に6X(0.6号)、

7X(0.4号)のティペットを使わなければならない時に、その竿の重要性を感じたか

らだ。そして竿もそれを喜んでいるように感じた。

? ?昨年、別の3.8mのスペイ用※1のバンブーロッドを、カナダのブリティッシュコロン

ビアのキスピオックスに住むボブ・クレイから頂いた。

?親切な方だと思った。

? けれども私は、古い時代のバンブーロッドを欲しいとは思っていなかった。

? 最初にスペイロッド※2を振ったのは、50年前、スコットランドのツイード川だった。

それは、べろんべろんの、グリーン・ハートの木の竿だった。こうした重くて、スロー

なツーハンドのロッドは、化石的に役に立たないものだと思っていた。

?? 私とボブが彼の家の下を流れる川沿いに歩いていると、彼は私にそのスローでありな

?がらパワフルなロッドの振り方を見せた。けれども、高番手のファースト・アクション

のカーボンロッド※3に慣れていた私は、すぐにマスターできなかった。

?? ?ボブは自分の娘カテリが、彼のスペイロッドで、ゴールデンゲート・キャスティン

グ・?クラブのスペイ・キャスティング・コンテストで優勝したことを語った。

? もちろん、竿に問題があるわけではなく、原因は私であった。

?? 私はそれまで、ひどいキャスティングの癖をもっていたのである。カーボンであれば

?投げる最後の瞬間に、力ずくしで悪い動きも修正ができる。ようやく自分をロッドの

?能力に合わせられるようになり、昨年沢山のスチールヘッドを釣ることができるように

?なった。その中には24ポンド(約10.88kg)のものが含まれる。それはリールが竿から

?落ちながらも、なんとかランディングした魚だ。

 

?

 

?? 私は良い道具が好きだ。しかし道具が技術に取り変わるべきではないと思う。

むしろ道具は手作業への喜びと、満足感を最大限に持たせてくれなければならない

と思う。

?? 昨年、私は友人で素晴らしいフライマンのマウロ・マッゾと、イタリア北部のセジア

川?で釣りをした。彼曰く、この川での伝統的な釣法は、1496年のルダム・ジュリアナ

・バ?ーナー※4 の学術書で書かれたものと変わっていない。その技法というのはリール

を付けない3.5~4.2mのロッドの先端に、馬の毛のラインを付けて釣る方法だ。ライ

ンは竿?の1.5倍の長さで白馬の雄馬の尻尾の毛を14~16本編みこみ、ティペット部分

まで?テーパーをつけるのである。ナイロンのリーダーをそれに付け加え、1~5個の

ソフトハックルの毛針を付ける。投げ方はオーバーヘッド、ロールキャスト、スペイ

など様々なキャスティングを使う。この釣り方(バルセジアーナ)は、冬の注意深く

なった警戒心の強いグレイリングの釣りに効果的だった。20番のパープル色のソ

フトハックルを使用する。ハックルはとてもやわらかい、生命感のあるクイフォロッ

ト(和名:ウソ)と呼ばれる鳥の羽(注:榊原がバルセジアで見たのは、キジ、ウソ、

キツツキなど日本のテンカラで使われた鳥の種類に酷似)で作られている。

?? イタリアにはこの釣法を行う人はまだ20人ほどいて、そのうち10人が自分でライ

ンを編んでいる。

??? その時私は、20年ほど前にある日本の友達が、私にグラス製の降り出し式のリール

を?付けないロッドをくれたことを思い出した。その竿は美しく、高価な贈り物だった。

非常に軽くて繊細で優雅さがあった。

?? テンカラ竿と呼ばれていて、日本の渓流で山女を釣るために使われている。この竿

を受?け取った時、それが何か良く分からなかった。そのため20年も自分の小屋の中

に眠ら?せてしまったのである。

?? 去年の夏、マルオと私はこのテンカラ&バルセシアン釣法を、ワイオミングの牧草地

を流れる柳の木が立ち並ぶ小川で試すことにした。8月の風の強い日で、バッタが飛

び跳ねて?いたのでマドラーを付けてアップストリーム(上流)にホッパーとして釣り

をし、ダウンストリーム(下流)にスカルピン※5として流してみた。

?? 細く重い馬の毛のラインは、フライのフローティングラインよりもはるかにうまく

風を切?って飛んでくれる。

? 川の各カーブにはプールがあり、プールからプールへラインをリールに入れたりの

面倒を?繰り返さず移動できた。どのプールでも魚が釣れ、中には40cmのナルカッ

トスロートも?出てくれた。ただ、大きな魚はこの釣竿では取り込みが大変だと思え

た。おそらく大きな?魚を掛けた場合は、ロッドを倒して魚をそのあと疲れさせるよ

うに泳がせれば良いんだと思う。または、リトリーブ用のライン※1を手元に取り付

けるのも方法だろう。

? マウロのガールフレンドのダニエリは、それまで一度も釣りをやったことがなかった

が、その竿を手にして5回もキャストしないうちにその日の最も大きなカットスロート

をとりこんでしまった。

「簡単じゃない。なんてことないわね。」と彼女は一言。おそらく何百年も経つこの釣

法は、その当時今のハイテクなフライフィッシング産業から生み出されるいかなるもの

よりも完璧で、効果的な釣法だったのではと思う。事実、私が知る限りではこの釣り方

は、フランスの漁業の釣り師が伝統的に行う漁法と同じはずである。

??? レストランや市場に鱒を卸すことが仕事であれば、500ドルのリールに700ドルの

竿、3ドルの毛バリにお金を浪費する余裕などない。私はその後現在までテンカラ竿を

使っているが、最高の満足と釣果を手に入れている。

 

 

?? 初夏のある日、イエローストーンのファイアーホール・リバーの瀬で、家内が車の中

でLA Timesを3日分読んで待っている間に、私は最高36cmにもなるブラウンと虹を

35匹釣り上げた。

?? 我々フライマンは、釣果を少しでも上げてくれると思われる小道具にすぐに飛びつく

カモであることは間違いない。我々はポケットが20個付いたベストを着て、収納力が増

したウェーダーを履き、ランラードを首から下げ、ウェストやバックパックを装着し、

さらに多くの邪魔な荷物を運ぼうとする。

 

? 100種近いフライラインが今日入手できるが、昔のDTラインよりもニンフィング用の

ラインの方が魚がもっと釣れるとは到底思えない。

 

?? カナダ・ブリティッシュコロンビア州テラス出身の筋金入りのフライマン・ロブ・

ブラウンは、?何百ものスチールヘッディング※7をするフライマンたちの派手なフ

ライを見ているが、「グ?リーンバットでダメなときはかつてあったかい。」と一

言。今日のようなハイテクで、経済的?にリスキーで、経済システムとしても不安

が多い時代であり、結果をすぐに求める時代におい?て、我々の多くがこの、゛すぐ

にブームに熱くなる消費的なライフスタイル“に疑問視し始めている。

我々は、全てのテクノロジーを拒否するのではなく適切なテクノロジーに戻りながら、

より?シンプルな生活を求めている。これはデイビッド・ブロナー※8が言うところの

「温故知新」である。道具の氾濫は、時間だけが無くなってしまった現代の多忙な人

たちによって支持され?ているだけなのではないかと思うのである。

?? 彼らが使う「時短」のコミュニケーション・デバイス、例えば、PC、ブラックベリ

ーズ、?携帯電話は持ち主を奴隷にしているだけだ。

? ?彼らは自分たちを一流の釣り師、猟師、登山家にするために10,000時間を使いたく

ないだけである。その代わり、彼らは最新の道具に身を固め、自分のために全てをや

ってくれるガイドを雇い、フライも糸に結んでもらい、手を汚さないように魚のリリ

ースも人任せにするのであ?る。現代のガイドは釣りの師匠ではなく「甘やかす人」に

なってしまっている。

?? もし、マイクロマネージメント(当事者に裁量権を与えない方法)的に「ほら、10時

の方向?に12m投げて。」「そのまま、さあ、引っ張って、引っ張って。」と言われるの

を待つだけの?釣りを止めて、潮の満ち引きを自分で調べ、魚を自分で見つけるとしたら

平均的な釣り師は何?匹ボーンフィッシュを釣ることができるのだろうか。あなたがただ

沢山の鱒を釣りたいのであば、サンワン・ワームを本物のミミズに替えれば良いだろう。

 

? あなたが熊を撃つとします。その場合、オフロードカーのハンドルバーにライフルをの

せて、?熊が腐ったホワイトフィッシュやニゴイが入った樽に頭を突っ込んでいる時に、

その穴を狙って撃ちますか。

? あなたがエヴェレストに登るとします。引っ張ってくれるシェルパと、押してくれる

シェル?パを雇い、髪の毛がブロウされるくらいの酸素マスクをかけて電話の着信を待ち

ますか。

 

そうであるなら、禅の達人は、そんなあなたに駄目出しをするだろう。

 

? フライフィッシング、ハンティング、登山などのようなスポーツを行う至高の目的は、

精神的・身体的に高めることが目的であり、過程を妥協することになれば変革は決して

生まれない。

 

? 私の息子は猪の狩りを、カリフォルニアの沿岸でクロスボウ※9から始めた。その後、

彼は弓矢に移り、手製の槍に移っていった。そしてそれが簡単にできるようになったら、

彼は猪を波際まで追い込み、ナイフを頭部に刺して始末するようになった。犬など使わ

なかった。

 

私は竿だけでなく、毛針においても単純化することを使命としている。スチールヘッド

やアトランティック・サーモンを釣る際、それぞれ10種類の効果的なフライに絞って

いる。しかし、5?種類でも良いのではないかとさえ思う。いや多分マドラーだけで十分

だろう。過去数年間、この単純化のコンセプトを、さらに広く押し進めている。それは

鱒釣りにおいても、シルベスター・ネメ※10 のソフトハックルでニンフ、イマージャ

ー、ドライの釣りを全てこなすことである。

?その効果はおそらく今まで以上に釣れるはずである。

?最高だったのはワイオミングのウインド・リバー・マウンテンの高地の湖での釣り。普

段きまぐ?れなゴールデントラウトが、6m下の底からサイズ56cmのボディが赤のソ

フトハックルに水面めがけて出てくるところを見た時だ。

 

 

?? 古い方法が現代のテクノロジーに負けていない実例はいくつも考えることができる。

?エアコンのついたトラクターに乗った「グリーン革命」の農業者が、質の低く更には

有害な作物を作っている例を考えてみてほしい。その一方、対照的に小規模の有機栽

培農業者や園芸家が自分の道具を使ったり、ちゃんと調教された耕作馬や牛を押して

ることに満足感や喜びを感じていることーー。

? 「グリーン革命」は、非持続的な化学農業に依存しているため、特に長期的には1エー

カー当たりの作物の栽培は実質少ないのである。

? アンゼル・アダムズやエドワード・ワトソン、アービング・ペン※11の白黒の写真をカ

ラーや?デジタルの写真と比較してみてもわかるでしょう。芸術と単なる描写の違いは、

はっきりと分かるはずです。

 

?? 若い友達の中に、ハワイにあるビショップ・ミュージーアム※12に展示されている

18世紀の?木製のサーフボードの複製でサーフィンをしているものが何人かいる。

そのボードは、アイロン?台のようにフィンのついてない薄いフラットなもので、

現代のプラスチック製のボードよりもう?まく、ほぼ全員のサーファーが乗ること

ができる。? 世界中の荷物運びをする人たちは全員頭に荷物を乗せて運びます。そ

れはアフリカで女性たちが?大きな水がめを運んだり、タンプ・ラインというベル

トで約50kgもの荷物を運ぶ山登りのシェ?ルパでご存じでしょう。事実、国連の

調査でこのような方法での荷物の運搬は、現代のハイテク?なバックパックよりも

50%以上効率的だと証明されている。

 

 

いかなる道も極めることは、シンプルな方法を追求することだと思う。つまり複雑なテク

ノロジ?ーを知識、努力、技術に変えていくということである。

 

?より少なく消費し、より賢く消費する。

多機能の物を購入するようにする。

 

?700ドル(約68000円)の竿で本当により多くの魚が釣れるようになるのか、自分に

訊いて?みてほしい。

? フライフィッシングは高価なロッジに泊まり、プライベート区間でのみ釣りをして、

600ドル(訳58000円)のガイド料を払うエリートの釣りになってしまった。誰も

そんなに複雑なスポー?ツを、子供に教えたいとは思わないだろう。だから子供たちが

テレビやゲームにくぎ付けになってしまうのである。だからフライフィッシングは、

絶滅の危機にあるスポーツなのである。

 

 

私の提案は、10歳の子供や戦争負傷者の方には、まずテンカラの竿を渡して、瀬で

ウエット?フライで釣りをさせてあげる機会を与えてあげること、そして数分で自分で

釣りができるよう?にしてあげることです。

 

?だからといって、私は自分のボロンやカーボンのロッド、スペイ用ラインやハイテク

の防水ウエ?ーダーをすぐに処分するつもりはない。ただどこまで自分が、自分の好きな

スポーツと人生にお?いて単純化できるか、を見てみたいのである。

?もしかするといつか自分の道具小屋を空っぽにするかもしれないが。

 

 

※1 

スペイ用 
スペイキャスト フライフィッシングの技のひとつ。水面にラインの一部を付けた

状態(この付いている部分をアンカーと呼ぶ)で後方にループを作り出すキャスト方法。

 

※2

スペイロッド

スペイキャスト用のロッド

 

※3

高番手のファースト・アクションのカーボンロッド
おそらく硬めの竿と考えられる

 

※4
ルダム・ジュリアナバーナー
?コロンブスが新世界を探していた時に、ルダムジュリアナはフライフィッシング

の技術に関する広範な論文を出版した。

 

※5
スカルピン
カジカ、ヨシノボリなど。そのフライパターンを呼ぶ。

 

※6

リトリーヴ用のライン
?リトリーブとはインジケーターを付けず、フライを沈め、水中を小魚のように

泳がして魚を誘うフライのテクニック。フライの動きで魚を寄せること。すべ

ての毛鉤の動きを自分のライン手繰り(リトリーブ)で演出する。

 

※7
スチールヘッディング 
虹鱒の降海型を対象にした大釣り

 

※8
?デイビッド・ブロナー
マジックソープ社社長のDrデイビッド・ブロナー。販売するマジックソープ

がオーガニックであるのかどうかという、オーガニックの定義自体がアメリカ

で論争になった。

http://www.democracynow.org/2012/5/15/magic_soap_maker_david_bronner_on

 

※9
クロスボウ
?和製英語でボウガンのこと。専用の矢を板ばねの力で、これに張られた弦に引っ

掛けて発射する装置。

※10
?シルベスター ・ネメ
?ソフト・ハックルへのこだわりで有名なフライマン。
?http://www.scn-net.ne.jp/~onodak/flyfishing_clinic/nymphing_rigging.html

 

※11
?アンゼル・アダムス (1902?1984)
?アメリカの写真家。カリフォルニア州ヨセミテ渓谷のモノクロ写真で有名

エドワード・ワトソン
? 英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル 男性ダンサーとしては並はずれてし

なやかな肢体が絶賛される

アービング・ペン (1917年 – 2009)
?アメリカの写真家 ファッション、ポートレート、静物写真などを手がけた、

20世紀後半を代表する伝説的な写真家。雑誌「ハーパース・バザー」のモノクロ

写真が有名。

 

※12
ビショップ・ミュージアム
?ハワイ、ポリネシアの伝統文化を伝える博物館
http://www.bishopmuseum.jp/

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